棟方志功



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棟方プロジェクト

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平成14年3月21日(水)〜3月24日(日)
福光町福祉会館1F児童館遊戯室ロビーにて

宇賀田達雄氏(元朝日新聞記者、棟方志功長女の夫)をお招きし、「越中と棟方志功」という演題で「講演会の夕べ」も行われ大盛況でした。



福光と棟方志功

棟方志功画伯は終戦直後の昭和20年から27年にかけて足掛け7年間を福光町に生活、製作の拠点を置き精力的に活動されました。その間沢山の福光の人々との交流がありました。棟方を理解し支援する人、時代あり都会からの疎開者として阻害する人、棟方の奇行を遠くから見ている人
・・・しかし棟方は芸術家としてそういった日常の事は妻のチヤさんの絶大な功にたすけられ、自分は創作に没頭、特にこの地方の真宗の教えに強く感化され以後の作品に、また人生に大きな影響をうけるのです。
晩年、最後の作品も瞞着川でした、棟方がこよなく愛したわが町福光には沢山のその人柄を偲ぶことのできるものがのこっています。「愛染苑」「鯉雨画齎」「福光美術館」「光徳寺」はじめ石碑やゆかりの品、これらを尋ね自らが学び、棟方志功の人となりをこの地を訪れる人、後世に少しでも伝えていくことが福光町を光らせることにつながると思います。
墨跡(拓本)

棟方志功ゆかりの碑は全国各地にあります。
ここ、福光町の歌碑・銘碑をはじめ、多くの碑の拓本をとりました。
拓本摺りの練習を行い、道具も手作り。
一つ一つの碑を丁寧に丁寧に、摺りました…。
私たちの心がこもっています。
また、棟方志功ご家族を訪ねた他、東京・青森と棟方志功を知る方々のもとを訪れ取材にご協力していただきました。
その一部をご紹介します…。
 
 

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平成14年7月19日(金)〜7月22日(月)
吉江邸(福光町本町通り)にて

この展示会はねつおくり七夕祭りの会期中行われ、多くの方々が訪れました…
活動で集めた、多くの墨跡(拓本)や棟方志功が書いた、はがき・手紙なども展示していました。 また、四方を調べ作成した、棟方志功の年譜も展示。

来場した方々は、これらの展示を興味深くじっくりとご覧になられていました。


「棟方志功記念館と石崎俊彦氏」

今回の事業の取り組みは、私にとって何か見えない力が動いたものだと思われる。奇しくも二十年前、棟方志功記念館「愛染苑」が開館され、当時役場職員で担当者として携わった私は月日の流れと、めぐり合わせに心動かされるものがありました。
愛染苑の歩みを振り返ると、今も隣に住む石崎俊彦さん(89)=栄町=の貢献を忘れるわけにはいかない。
棟方さんは終戦間近の昭和二十年四月、戦火を避け、民芸運動を通して親交のあった高坂貫昭さん(故人、前光徳寺住職)を頼って、家族と福光に疎開。その後、栄町に自宅兼アトリエを構え、創作に励みながら六年余過ごされた。
石崎さんは、棟方さんの人間的魅力や芸術的才能に心酔し、よき理解者として接した一人だった。私自身、図書館に勤めていたことから、毎日のように石崎さんの話に耳を傾ける機会に恵まれたものだった。
石崎さんは町図書館の司書、館長という立場から、文化講座などに棟方さんの協力を得る一方で、福光時代の棟方作品の収集に努めた。棟方さんの限り無い創作意欲と素晴らしい作品に身近に接していただけに、数多くの作品を散在させることなく、集大成して公開することが石崎さんの切実な願いだった。
一時期、自宅を改造して展示場にできないかと真剣に考えていたが、体調を崩し、このままでは夢に終わるのではないかと思われたが、昭和五十年棟方さんが亡くなり棟方作品の寄贈によって、町が記念館を建設することになった。それまでには何度も話し合いを重ね、建設場所も栄町の自宅跡を条件に、木の香りのする小規模な展示館を建てることが決まった。ところが、いざ建設となると、どうしても防災、防犯、作品の収蔵保管対策をおろそかにすることができないため、当初の基本構想とは違って、規模は大きくなり、構造も木造から鉄筋コンクリートに変わっていった。
かつて四季の草花が咲き、小鳥が飛来した土地が、建設のため変わっていくと、温和な石崎さんの表情も曇りがちになり、さすがに恐縮したことを覚えている。
五十七年四月、鉄筋コンクリート二階建ての展示館が完成した。収蔵作品は大作の「四天雄飛の図」を除いて、すべて石崎さんの恵贈によるものばかりだった。名称は、交友のあった文豪谷崎潤一郎さん命名の「愛染苑」と決まった。
開館当時から運営協議委員会が組織され、現在に至っている。石崎さんも運営委員として中心的な役割を担い、斬新な発想で魅力ある企画展を続けそのひた向きな姿にはいつも敬服させられたものだ。今は高齢のため療養生活を送られておられる。
展示意匠の責任者として活躍された尾山外誉治さん(故人)や、展示会ごとに季節の花々を作品に添えている成瀬有紀社中の献身的な努力も忘れてはならない。
愛染苑の周辺は二十年間で、樹木が茂り、さまざまな花々が咲き、しっとりとした風情を醸し出すまでになった。決して大きくないが人を惹きつける温かさがある。