棟方志功



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愛染苑利用のご案内

完成 昭和57年4月28日
開館 昭和57年5月1日
所在地 〒939-1654
富山県南砺市福光1026-4
※棟方志功住居跡
料金・営業時間等お問い合わせ Tel.(0763)52-5815

棟方志功が愛した町「ふくみつ」を散策してみませんか?
志功の作品をを見るなら、まずは「愛染苑」へ。 献花展で棟方志功を供養した後は、福光時代を暮らした住居「鯉雨画齋」を覗いてみませんか?知らなかった棟方志功を係りの人がたくさん教えてくれます。 そして、縁のある「光徳寺」・大好きだった「騙着川」などをのんびり歩いて、棟方志功の思いに触れてみましょう…。 そして、最後は福光美術館へ。今までとは違う、棟方志功の作品を感じるのではないでしょうか。さあ、棟方志功に出会う道を歩きましょう。

棟方志功記念館「愛染苑」 騙着川
棟方志功住居「鯉雨画齋」 福光美術館
光徳寺
地図

「棟方画伯と石崎俊彦」

石崎俊彦氏(現在療養中)と棟方志功画伯の親交は画伯が福光町に疎開した終戦直前の昭和20年4月に始まる。
当時、石崎氏は町立図書館に勤めており、館の事務一切の管理をする立場にあった。
そのころの図書館は戦後展開した公民館事業の拠点としても中心的役割を担う施設であった。
画伯はすでに、民芸運動の創始者であった柳宗悦、河合寛次郎、浜田庄司先生らとの出会いによって宗教、文化、芸術面に強く影響を受け揺るぎのない棟方板画を確立していた。
疎開して程なく画伯は、故高坂貫昭氏(前光徳寺住職)とともに今日の砺波民芸協会創設するのだが、当時の図書館は公民館事業の一環として、協会、事業も含めて講演会や研修会場として利用開放されていた。
画伯は自身が講師として或いは講師を紹介したり、制作の傍ら八面六臂の活躍をされるのだがその事務方の多くは石崎氏が担当したことであった。
こうした日々の出会いから、石崎氏は芸道はもとより画伯の人間的な魅力に傾倒されていくのもふしぎでない。
棟方氏が疎開1年半におよぶ寄寓生活から自宅アトリエを建築する際には石崎氏が自らの土地を提供することになるが極く自然の流れのように思えてくる。
2人は隣接した生活環境から家族同様の付き合いが始まり"棟方先生""俊ちゃん"とよびあう間柄になっていく。
画伯の福光時代の作品の中に(板、棟方志功)(刷、石崎俊彦)と独特の荒削りの運刀で多くが遺されていることからも制作に側面的に支えた石崎氏の姿が見えてくる。
上京されたあとも筆まめな画伯の便りは続き、近くへ来たからといって石崎氏を訪ねる姿を見かけたものだ。
昭和48年の暮れか49年の初頭だったか、画伯からの親書だと断った上で一通の手紙を見せられた。その中の大要は、「近々、鎌倉に板画館を建てるので、その管理を委せたいし、後継者も育てて欲しい」といったもので、画伯の切々とした想いが綴られていた。
どうなさるのですかと尋ねる私に"折角のお誘いを受けるのは大変光栄だが、年齢的に応えられそうにないからお拒わりするつもりです。"と淡々と話される石崎氏の言葉の端々にもう少し若ければという一抹の寂しさを感じたことを昨日のように思い出す。
こうした画伯と石崎氏の深い信頼関係があったからこそ、今日の棟方志功記念館「愛染苑」建設、さらにアトリエ「鯉雨画齋」の復元が実現したと思うと大変、感慨深いものがある。